企業が発展するためには、今の事業を磨くこと(深化)と、新しい事業を探すこと(探索)が重要とされています。
この深化と探索をバランスよく行うことを「両利きの経営」といいます。
しかし、多くの企業は探索に力を入れないため、時代の変化に対応できずに収益が悪化したり、場合によっては潰れてしまうことがあります。
なぜこのようなことが起こるかというと、過去の成功や現有戦力の有効性に縛られることで、次の稼ぎの種を見つける必要性を軽視してしまうからです。
このような状態を「コンピテンシートラップ(能力の罠)」といいます。
本記事ではコンピテンシートラップとはどのようなものか?
そして、どんな企業が陥りやすいのか、どうすれば抜け出せるのかについて解説していきます。
コンピテンシートラップ(能力の罠)とは?
コンピテンシートラップとは、過去にうまくいった能力・方法・成功パターンに頼りすぎることで、新しい環境への適応や学習が遅れてしまう状態のことです。
コンピテンシートラップの典型的な流れは次のように起こります。
- ある方法で成功する
- その方法への信頼が強まる
- さらに同じ方法に投資する
- 別の可能性を試さなくなる
- 環境が変わったときに対応できなくなる
つまり、コンピテンシートラップは、怠けているから起こるのではなく、過去の勝ちパターンを真面目に磨きすぎるから起こるのです。
コンピテンシートラップの事例
コンピテンシートラップの事例として、営業の成功パターンがわかりやすいです。
たとえば、ある営業チームが長年、対面訪問と丁寧な関係構築で大きな成果を出してきたとします。顧客からの信頼も厚く、成約率も高かったため、会社はその営業スタイルを「自社の強み」として磨き続けます。
ところが、市場では顧客がオンライン商談、比較サイト、ウェビナーなどを通じて、自分で情報収集するようになっていきます。
それでも営業チームは、過去に成功した訪問営業に自信があるため、デジタルマーケティングやインサイドセールスの導入を後回しにします。
そのため新規顧客が獲得できずに、ジリジリと売上を減らしてしまうのです。
コンピテンシートラップが起こる原因
社内でコンピテンシートラップが起こる原因は、主に以下の5つです。
- 成功した方法ほど安心感がある
新しい方法は失敗する可能性がありますが、過去に成果が出た方法は確実に見える - 得意なことは効率がよい
慣れた方法は速く、安く、確実に実行できるが、新しい方法は学習コストがかかる - 成果が出ている間は危機感が薄い
既存顧客や従来のやり方で一定の売上があると、変える必要性を感じない - 評価制度が過去の強みを強化する
成果を出してきた人ややり方が標準になり、新しい試みが軽視される - 新しい挑戦は一時的に成果を下げる
新しい方法は慣れるまで時間がかかるため、目先の売上を優先すると後回しになりがち
このように、表面的には合理的にみえる判断の積み重ねが、コンピテンシートラップの発生につながりやすいのです。
コンピテンシートラップに陥りやすい企業の特徴
コンピテンシートラップに陥りやすい企業には共通する特徴があります。
その中でも、特に初期段階で成功したスタートアップと、新規開発を本業と切り離して考える文化のある企業が特に危険といえます。
それぞれ、詳しくみていきましょう。
1. 初期段階で成功したスタートアップ
スタートアップのメンバー構成が企業の成功に与える影響を調べた、ライマン大学のニロン・ハシャイ博士らの研究があります。
この研究によると、そのビジネスの経験者で構成されたスタートアップほど、初期段階から成果をあげやすいことが分かっています。
これは過去の経験から、どうすれば手っ取り早く成功できるかを知っているからです。
しかし、創業から4~5年を経過したとき、これらの企業の成長の落ち込みが大きくなることも分かりました。
なぜなら最初の成功体験によって、コンピテンシートラップに陥り、新しい挑戦をしにくくなったからです。
特に立ち上げたばかりの会社は、初期の体験が組織文化に与える影響が大きいですから、その段階での成功体験に大きく引っ張られるのです。
2. R&Dの成果を「外部のもの」と認識しがちな企業
R&D(研究開発)に人材と予算を投入したからといって、コンピテンシートラップに陥らないとは限りません。
優れた発明を生み出しても、商業化できなければ、組織としてはコンピテンシートラップに陥っているといえます。
ウォーリック大学のロイゾス・ヘラクレウス教授らの研究によれば、R&D(研究開発)部門があっても、コンピテンシートラップに陥る企業には以下の特徴があることが分かっています。
- 市場を独占したなどのように、過去の成功体験が圧倒的
- 「自分たちは〇〇の会社である」という固定概念が強い
- 部門間の断絶が大きく相互理解が希薄(シナジーが起こらない)
- R&D(研究開発)の成果を外部のものと認識する
最後の「R&Dの成果を外部のものと認識する」がなぜコンピテンシートラップにつながるかというと、発明を自社の資源と思えずにそれをビジネスに活かそうとする動機が弱まるからです。
R&Dセンターが本社と離れたエリアに設置されていると、こうした事態が起こりやすいことも分かっています。
コンピテンシートラップに陥らないための対策
ここでは、企業がコンピテンシートラップに陥らないために必要な考え方と、実際に取り入れたい施策について整理します。
1. 既存事業の成功を「正解」ではなく「仮説」として扱う
コンピテンシートラップは、過去の成功が「このやり方でよい」という確信を強め、既存能力の活用ばかりを増やしてしまうところから始まります。
つまり、成功している企業ほど、意識的に自己否定の仕組みを入れる必要があります。
経営会議などで定期的に次の問いを考える必要があります。
- この成功は、今後も再現するのか
- どの前提が変わったら、この強みは弱みに変わるのか
- 今の顧客ではなく、潜在顧客や離反顧客は何を求めているのか
2. 評価指標を既存事業と新規事業で分ける
コンピテンシートラップに陥る企業は、新規開発にも既存事業と同じ指標を当てがちです。
しかし、短期売上、粗利、既存顧客からの反応、投資回収期間だけで新規開発を判断すると、未知の探索は不利になります。
初期段階なら次のような指標のほうが合います。
| 段階 | 見るべき指標 |
|---|---|
| アイデア探索 | 学習量、仮説検証数、顧客インタビュー数 |
| PoC(概念実証) | 技術的実現性、顧客課題の深さ、代替手段との差 |
| 初期事業化 | 継続利用率、支払意思、導入障壁 |
| 拡大期 | 粗利、再現性、販売チャネル適合 |
初期段階から利益を求めると、探索は既存事業の改善案に矮小化されます。
3. 失敗情報を組織資産にする
成功例だけを標準化した知識として共有すると、組織はその成功パターンを繰り返しやすくなります。
ナレッジシェアのツールに成功事例しか含まれていないと、従業員が新しい方法を探索する誘因を失い、コンピテンシートラップに陥りやすいことが、研究で判明しています。
そのため、成功事例集だけでなく、次のような失敗ログを残すべきです。
- 何を試したか
- どの仮説が否定されたか
- 顧客は何に反応しなかったか
- 次に試すなら何を変えるか
失敗を責めるのではなく、探索コストを下げる知識として扱うことが重要です。
4. 既存事業の人材だけで新規開発を判断しない
既存事業で優秀な人ほど、既存顧客・既存技術・既存収益モデルに基づいて判断します。
それ自体は悪くありませんが、新規開発では「現在の合理性」が「未来の盲点」になることがあります。
対策としては、意思決定メンバーに次の人を混ぜます。
- 既存事業の責任者
- 新規開発の責任者
- 技術・プロダクトの探索担当
- 顧客接点を持つ若手・現場人材
- 外部の専門家や異業種経験者
特に、既存事業部門だけにゲート審査を任せると、「今の事業に合わない」という理由で将来の種を潰しやすくなるので注意してください。
5. 経営トップが探索活動を「本業の未来」として扱う
最終的には、経営トップの姿勢が大きいです。新規開発が「副業」「若手のチャレンジ枠」扱いだと、既存事業の都合で簡単に人や予算を奪われます。
トップがやるべきことは、次の3つです。
- 新規開発の目的を中期戦略に明記する
- 既存事業と新規開発の資源配分を明示する
- 短期業績が悪い時でも、探索予算を自動的に削らない
コンピテンシートラップを避けるには、「イノベーションを大事にする」と言うだけでは足りません。
コンピテンシートラップが厄介なのは、失敗ではなく成功から生まれる点にあります。過去に成果を出した方法ほど社内で正当化されやすく、改善や効率化の対象にはなっても、根本から見直す対象にはなりにくくなります。
ですから既存事業が強い企業ほど、それが将来の制約になりうることを前提に、資源配分・評価指標・意思決定・組織間接続を設計する必要があります。
- Niron Hashai, Shaker Zahra. (2020).Founder team prior work experience: An asset or a liability for startup growth?
- L Heracleous, A Papachroni, (2017).Structural ambidexterity and competency traps: Insights from Xerox PARC.

