中小企業が持続的に成長するためには、「今あるビジネスを強化すること(深化)」と「新しい市場や技術を開拓すること(探索)」の両方を、バランスよく進めることが求められます。
このような経営手法を「両利きの経営(Ambidexterity)」と呼び、ここ数年、多くの企業が注目しています。
しかし、大企業と比べ、中小企業はリソースが限られているため、両利きの経営を実現することは簡単ではありません。
効果的な施策を厳選し、そこに優先的にリソースを配分する必要があります。
そのためにも、何が中小企業の両利きの経営を決定づけるるのか知っておくことが大切です。
そこで今回は、経営学の研究をもとに、中小企業の両利きの経営を促進する重要な要因を分かりやすく解説します。
中小企業の「両利きの経営」に影響する8つの要因
複数の研究結果を統合し、中小企業の両利きの経営に影響を与える要因を明らかにした、インド工科大学のルビナ・チャクマ助教らの研究があります。
この研究には、8,422社分の中小企業のデータが含まれています。
これらのデータを分析したところ、以下の8つが、中小企業の両利きの経営の重要な要因であることが分かりました。
- ナレッジマネジメント:会社の中にある知識や情報を上手に集めて活用できる能力
- 起業家指向:新しいことに挑戦しようとする企業の姿勢
- 技術的能力:最新の技術を取り入れ、それを活用できる力
- 公式化:会社のルールや手続きがどれくらいしっかり決められているか
- 市場指向:顧客が求めているものを常に意識しているか
- ネットワーク能力:他の企業や団体と良い関係を築き、協力してビジネスを進める力
- 組織の状況:企業文化や職場環境
- 環境変動性:ビジネスを取り巻く環境の変化の激しさ(への対応力)
両利きの経営に最も影響を与えるのは「ナレッジマネジメント」
上記の8つの要因の中で、中小企業の両利きの経営に最も影響を与えるのは「ナレッジマネジメント」ということも分かっています。
ナレッジマネジメントとは
ナレッジマネジメントとは、会社やチームの中にある「知識」や「経験」を、全員が使いやすい形で集め、整理し、共有し、活用することです。
たとえば、ある社員が「このお客様にはこう説明すると伝わりやすい」「このトラブルはこうすれば早く解決できる」「この資料の作り方にはコツがある」といった知識を持っているとします。
こうした知識をその人の頭の中だけに置いておくのは、もったいないことです。
そこでナレッジマネジメントでは、これら個人の経験やノウハウを、マニュアル、社内Wiki、事例集などに残して、ほかの人も使えるようにしておくのです。
つまり、個人が持っている知識や経験を、組織全体の財産として活かす仕組みのことです。
ナレッジマネジメントが両利きの経営に有効な理由
ナレッジマネジメントが中小企業の両利きの経営に強く影響する理由は、過去の経験や蓄積された情報を活かしながら、新しい挑戦を同時に進めることができるからです。
両利きの経営では、現在のビジネスを効率よく運営する「深化」と、新しい市場や技術を探求する「探索」の両方をバランスよく行うことが求められます。
この2つを両立させるには、適切な知識の活用が不可欠なのです。
「深化」に効く理由
適切なナレッジマネジマントができている企業は、社内で蓄積されたノウハウを活用し、業務の効率を向上させることができます。
過去に成功したプロジェクトの手法や、効果的なマーケティング戦略をデータベース化しておけば、従業員はすぐに必要な情報を得ることができ、無駄な試行錯誤を減らすことができます。
これにより、現在の事業をよりスムーズに深化させることができます。
探索に効く理由
新しいビジネスチャンスを見つけるためには、外部の情報や最新のトレンドを素早くキャッチし、それを社内で活用できる仕組みが必要です。
ナレッジマネジマントの能力が高い企業は、業界の最新情報や競合企業の動向を継続的に収集し、それを社内で共有することで、新しい製品開発や市場参入のヒントを得ることができます。
また、異なる部署間で知識を共有することでも、新しいアイデアが生まれやすくなります。
両利きの経営のためのナレッジマネジメントの実践方法
ナレッジマネジメントは、大規模な予算や人員を掛けなくとも、行えるものが多いです。
そういった点からも、中小企業が両利きの経営を実践するためには、ナレッジマネジメントから取り組むのが良いといえます。
具体的には以下のような方法があります。
1.社内ナレッジ(知識)の可視化とデータベース化
企業内に蓄積された知識やノウハウが個人や特定の部署に留まってしまうと、組織全体での活用が難しくなります。そのため、過去の成功事例や失敗事例、業務マニュアル、研修資料などをデータベース化し、誰でもアクセスできる仕組みを整えることが有効です。
例えば、クラウドや社内Wikiを活用し、プロジェクトごとの学びを記録することで、新しい事業や業務改善に活かせます。特に、異なる部署間での知識共有を促進することで、活用と探索の両方を支援する環境が整います。
2.知識共有の文化を育成する
データベースを作るだけではなく、従業員同士が知識を共有しやすい企業文化を育てることも重要です。そのためには、定期的な勉強会や知識を共有する機会を増やし、従業員が自らの知識や経験を発表する場を設けると効果的です。
また、社内SNSやチャットツールを活用し、気軽にアイデアや情報を交換できる仕組みを作ることも有効です。例えば、成功したマーケティング手法や顧客対応の工夫を共有することで、他の部門でも同様の取り組みを展開しやすくなります。
3.外部の知識を積極的に取り入れる
中小企業が限られたリソースの中で競争力を維持するためには、社内の知識だけでなく、外部の最新情報を積極的に取り入れることも不可欠です。
業界のセミナーや勉強会に参加し、新しい技術や市場動向を学ぶことが重要です。また、大学や研究機関、他企業とのネットワークを強化し、外部の専門家やパートナー企業からの知見を活用することも効果的です。
特に、新規事業の探索には、異業種のアイデアや海外市場の情報が役立つことが多いため、積極的に外部と連携することも有効です。
4.知識を活用した試行錯誤の促進
新しいアイデアの実践や、試行錯誤を積極的に行う文化を育むことも必要です。
例えば、社内で「スモールテスト」の仕組みを導入し、小規模なプロジェクトとして新しいアイデアを試す機会を増やすことが効果的です。
このような仕組みを整えることで、過去の知識を活かしつつ、新しい事業の探索にもつなげることができます。特に、失敗を学びとして活用する仕組みを作ることが、両利きの経営の成功には不可欠です。
中小企業の強みを活かした変革
今後は、AIやデジタルツールの普及によって、中小企業にも新しい成長機会が広がっていきます。
そこで、重要なのはツールを導入すること自体ではなく、それを自社の知識や経験と結びつけ、現場で使える形に変えていくことです。
中小企業は大企業のように豊富な人材や資金を持たないかもしれません。しかし、現場に近く、変化に素早く対応できるという大きな強みがあります。
トラブルの原因、顧客からの要望、現場で見つかった改善点を記録し、次の業務改善や商品開発に活かすといったサイクルを、素早く回し続けることが、中小企業の両利きの経営を可能にしてくれます。
- Rubina Chakma and Sanjay Dhir. (2023).Exploring the determinants of ambidexterity in the context of Small and Medium Enterprises (SMEs): A meta-analytical review.

