駄目な経営者ほど人件費を削減する。経営の失敗を社員に押しつける会社の末路

企業経営において、コスト削減は避けて通れないテーマです。利益率が悪化したとき、資金繰りが厳しくなったとき、多くの経営者はまず費用構造を見直します。

その中で、最も手をつけやすく見えるのが「人件費」です。

給与、賞与、採用費、教育費、福利厚生費、外注費。これらを削れば、短期的には損益計算書の数字が改善します。金融機関への説明もしやすくなります。

しかし、ここに大きな落とし穴があります。

人件費は、単なるコストではありません。企業の競争力、顧客満足、業務品質、将来の成長力を支える投資でもあります。

ダメな経営者ほどこうした本質を見誤り、人件費を削減したがりますが、経営判断としては悪手です。

人件費を削減する駄目な経営者の特徴

コスト削減の際に人件費に手をつけてしまう駄目な経営者には、次のような共通点があります。

1. 経営戦略がない

利益を改善する方法は人件費の削減だけではありません。

売上を伸ばす、不採算事業を整理する、業務を効率化するなど、他にも打ち手はあります。

しかし、これらは顧客理解や戦略、実行力が必要です。簡単には成果が出ません。

そのため、売上を伸ばす具体策を持たない経営者ほど、短期的に数字を改善しやすい人件費削減に頼りがちになるのです

2. 人を「費用」としてしか見ていない

会計上、人件費は費用です。しかし、企業の価値を生み出しているのは人です。

顧客対応、商品改善、営業活動、品質管理、現場の判断。これらはすべて人によって支えられています。

人件費を削るということは、給与の支払いを減らすことだけを意味するのではありません。会社が価値を生み出す力を減らすことも意味します。

人を費用としてしか見ていない経営者は、支出は見ていますが、その人が生み出している成果や信頼を見落としています。

3. 現場の実態を把握していない

人件費削減を安易に決める経営者ほど、現場の仕事を正しく理解していません。

誰が何を担っているのか、どの業務が顧客価値につながっているのか、どの人材が組織を支えているのか。

これらを把握しないまま人数だけを減らすと、必要な機能まで失います。

売上に直接関わっていない部署でも、営業や顧客対応を支えている場合があります。表に出ないベテラン社員が、品質や納期を守っている場合もあります。

数字だけを見て人件費を削減したがる経営者は、こうした目に見えない資産を評価できていないのです。

人件費削減に飛びつく経営者が見落としていること

業績が悪化したとき、人件費の削減は一見すると合理的な打ち手に見えます。

給与や賞与、採用費などは金額が把握しやすく、削減すればすぐに損益計算書へ反映されるからです。

また、人件費は社内の意思決定だけで動かしやすい領域でもあります。

仕入価格を下げるには取引先との交渉が必要ですし、売上を伸ばすには顧客や市場に働きかけなければなりません。価格改定や新規事業の立ち上げには時間もかかります。

その点、人員数や報酬制度の見直しは、経営側の判断で比較的短期間に実行できてしまいます。

しかし、この「実行しやすさ」こそが危険なのです。

人件費を削った結果、実際に負担を背負うのは、現場の社員です。退職者の業務を引き継ぎ、顧客対応を維持し、増えた業務量を何とかこなすのは、残された社員なのです。

経営層は削減額という分かりやすい成果を先に見ますが、その裏側で進む疲弊や不満、品質低下には気づきにくいものです。

カンザス大学のジェームズ・P・ガスリー教授らの分析でも、人件費の削減が将来的な企業収益の低下を招くことが分かっています。

そしてこの悪影響はR&D(研究開発)の比重が高い企業ほど強いことが分かっています。

なぜならR&Dの競争力の源泉は、人材の専門知識・創造性・チームの連携にあるからです。

人員削減をすると、暗黙知やイノベーション力まで失われ、残った社員の士気が下がり、業績への悪影響が強く出るのです。

R&Dの競争力低下は企業の成長可能性の喪失でもあります。

賃上げで生産性が上がらないが、賃下げでは生産性が下がる

人員整理ではなく、一律の給料カットなら受け入れてもらいやすいと考える経営者もいるでしょう。

確かに、「会社が赤字なら仕方ない」と納得してもらえるかもしれません。

しかし、人間というのは「期待以上」だったときより「期待外れ」だったときの影響のほうが大きい生き物です。そしてこの性質は現金が動く場面でよく現れます。

ボン大学のセバスチャン・キューブ博士らの面白い実験があります。

この実験では図書館の資料整理を行う短期間の仕事が用意されました。

参加者には当初、時給15ユーロと伝えられていました。そのうえで、実際の作業開始直前に、一部の人には予定どおり15ユーロ、一部の人には10ユーロ、一部の人には20ユーロが支払われると告げられました。

それから参加者に仕事をしてもらい、その生産性を確認したところ、時給が10ユーロに下げられた人たちは、基準となる15ユーロのグループに比べて、生産性が20%以上低下しました。

ちなみに、20ユーロに引き上げられたグループでは、生産性の明確な上昇は確認されませんでした。

この結果からいえることは、人間は期待していた給料を減らされるとパフォーマンスが落ちるが、期待以上の給料をもらってもパフォーマンスは上がらないということです。

30万円貰えると思っていた社員が27万円しかもらえなければ生産性は落ちますし、業績が上向いたからと給料を戻しても以前の生産性に戻る可能性は低いのです。

人件費を削る前に見るべき領域

業績が悪化すると、人件費は真っ先に削減対象になりがちです。

しかし、人件費を削る前に確認すべきことがあります。

事業構造と経営の仕組みに問題があるまま人を減らしても、会社は強くなりません。

人件費に手をつける前に、まず次の領域を見直す必要があります。

1. 売上構造

まず見るべきは、売上の中身です。

売上規模が大きくても、すべての顧客や商品が会社に貢献しているとは限りません。手間ばかりかかる顧客、値引きが常態化している商品、営業工数に見合わない案件があれば、現場は忙しいのに利益が残りません。

この状態を放置したまま人件費を削ると、少ない人数で採算の悪い仕事を回すことになります。必要なのは、人を減らすことではなく、利益を生む売上に集中することです。

2. 粗利構造

次に見るべきは、粗利です。

売上があっても、粗利が低ければ利益は残りません。価格設定、仕入条件、商品設計、サービスの提供範囲に問題がないかを確認する必要があります。

適正な価格を取れない事業は、現場の努力に依存しやすくなります。その結果、社員は忙しく働いているのに、会社には利益が残らない状態になります。

人件費を削る前に、まず利益が残る商売になっているかを見直すべきです。

3. 業務プロセス

人件費が重いのではなく、仕事の進め方に問題がある場合もあります。

承認に時間がかかる、会議が多い、資料作成が過剰、同じ情報を何度も入力している、部署間の連携が悪い。このような状態では、人を減らしても生産性は上がりません。

むしろ、残った社員の負担が増え、ミスや遅れが起こりやすくなります。

見直すべきなのは人数ではなく、無駄な業務や非効率な流れです。

4. 組織設計

人員の数ではなく、配置や役割に問題がある場合もあります。

成長領域に人が足りない一方で、縮小領域に人が残っている。管理職が多く、実務を担う人が不足している。優秀な人材が調整業務に追われ、本来の力を発揮できていない。

このような場合に必要なのは、人件費削減ではありません。人材の配置転換や役割の見直しです。

人を減らす前に、今いる人材をどこで活かすべきかを考える必要があります。

5. 経営者自身の意思決定

当然ですが、経営者自身の意思決定も見直す必要があります。

戦略が曖昧で、判断が遅く、撤退すべき事業を続けている。現場に任せるべきことと、経営者が決めるべきことが整理されていない。こうした状態では、社員がどれだけ努力しても成果は出にくくなります。

人件費を削っても、経営判断の遅さや戦略の曖昧さは解決しません。

経営の問題を社員の給与や人数で埋め合わせてはいけません。まず変えるべきは、経営者の判断と行動です。

人件費をどう扱うかは経営者の思想が表れる

人件費を削ることで利益を確保し、会社を守った気になっている経営者がいます。

しかし本当に守っているのは、会社ではなく、経営者自身の立場です。

社員の給与や人数は、経営判断の結果として生まれた数字です。そこに最初に手をつけるということは、過去の戦略、価格設定、事業選択、組織づくりの失敗を、現場に負担させるということです。

会社が苦しいときほど、経営者の本質は表れます。

人を削って帳尻を合わせるのか。それとも、人が成果を出せる構造に作り変えるのか。

人件費をどう扱うかは、人材を価値創出の源泉と見るのか、削減可能な費用と見るのかという経営者の思想が表れる判断なのです。安易な策に走ってはいけません。

参考文献
  • James P. Guthrie, Deepak K. Datta, (2007).Dumb and Dumber: The Impact of Downsizing on Firm Performance as Moderated by Industry Conditions.
  • S Kube, M A Maréchal, C Puppe, (2013).Do Wage Cuts Damage Work Morale? Evidence from a Natural Field Experiment.