パナソニックの創業者である松下幸之助氏は、現金をはじめとした社内リソースに余裕を持たせておくことの重要性を説きました。
これは「ダム式経営」と呼ばれ、京セラ創業者である稲盛和夫氏らも実践してきたものです。
内部留保を貯めこむのはダメな経営と言われる昨今ですが、資本効率を重視する欧米においても、ダム式経営と同じような概念は存在し、何万社もの企業分析によってその有効性が確かめられています。
この記事ではダム式経営とは何かを説明し、調査結果をもとに貯めても良い資産と、ダメな資産について解説します。
ダム式経営とは
ダム式経営とは、川にダムを造って水を蓄えるように、会社にも余裕や備えを持たせる経営手法を指します。
要するに資金・人材・設備などを、ギリギリで回すのではなく、一定の「余裕」を持つことで、不況や急な需要変動、トラブルにも耐えられる体質をつくるという考え方です。
たとえば、ダム式経営では次のような余裕を重視します。
- 資金:現預金、借入余力、資金繰りの安定
- 人材:後継者育成、社員教育、代替できる体制
- 設備:生産能力や物流能力に余力を持つ
- 技術:研究開発、ノウハウ、将来商品の準備
- 信用:取引先・金融機関・顧客との信頼関係
重要なのは、これは単なる「貯金を増やす経営」ではないという点です。
余裕を持ちすぎるとコスト増や慢心につながる可能性もあります。
したがって、理想は「無駄な余剰」ではなく、必要な時に会社を守り、攻めにも使える戦略的な余裕を持つことです。
ダム式経営の概念は海外にもある
最近は日本でも外資系投資ファンドの戯言を真に受けた「企業は資本効率を高めよ」という考えが主流ですから、ダム式経営のように内部留保を厚くしよという考え方は受け入れられにくいかもしれません。
しかし、資本主義のメッカであるアメリカやヨーロッパにも、ダム式経営と似た概念はあります。
それを英語で「スラック(Slack)」と言います。
Slackは「緩み」という意味ですが、ここでは通常業務を維持するために必要な量を超えた「余剰資源」と考えると分かりやすいです。
スラックはその種類ごとにさらに分類されます。主なものとして以下があります。
- 金融スラック:余剰の財務資源。現金、現金同等物、短期投資、流動資産など
- 人的資源スラック:余剰人員、将来需要に備えた人員、未活用の専門スキル
- 物的資源スラック:設備、建物、土地、機械、倉庫などの物理的な余裕資産
ダムに貯めるべきスラックは何か?
ダム式経営においては、資金や人材、設備に余裕を持たせておくことが重要とされています。
スラックもここまで説明した通り、資金や人材、設備に分類することが可能です。
しかし、これらすべてが企業のパフォーマンスに好影響を与えるわけではありません。
その種類によって、プラスにもマイナスにもなります。
金融スラック
ゲント大学のトム・ヴァナッカー教授らが、26ヵ国(162,633社)の長期的な財務データを分析した研究があります。
それによると、金融スラックは企業業績を向上させることが分かっています。要するにお金が余分にある会社ほど、業績が良いのです。
これには次のような理由があります。
- 不測の事態での緩衝材になる
余裕資金があると、景気悪化や売上減少やが起きても、支払い・給与・必要な投資を続けやすいため事業を止めずに済む - 新しい機会に投資できる
新規事業、研究開発、設備投資などにすぐ動けるのでチャンスを逃さない - 再配置しやすい
現金は使途を変えやすいため、必要なところへすぐ回して業績改善につなげやすい
これらはダム式経営において、余裕資源の効能とされることと同じものです。
この結果からもダム式経営の実践では、「現金」は貯めておくべき資産といえます。
人的資源スラック
実はこの研究は、企業業績にマイナスとなるものも分かっています。それは人的資源スラックです。
人的資源スラックとは、通常業務をこなすために最低限必要な人数を超えて抱えている、いわば余剰人員のことです。
ダム式経営においては、余裕のあるときに人材に投資することで、事業機会がやってきたときにすぐに対応できるとされています。
しかし、今回の研究に限らず、他の研究でも人的資源スラックは企業にとってマイナスとなりやすいことが分かっています。
それは次のような理由からです。
- スキルが使えるとは限らない
企業が過去に採用した人材が持つスキルは、過去または現在の事業に合ったもの。将来の事業機会が別のスキルを必要とする場合、その余剰人員への投資は無駄になる - 必要なときに採用するほうが効率的
必要な人材をその都度採用・訓練できるなら、あらかじめ広く余剰人員を抱えるよりも、その時点で適切な人材を採用する方が効率的 - 人件費がかかる
人材は現金とは違い保有コストが高い。給与、福利厚生、管理コスト、教育訓練費、調整コストが継続的に発生する
もちろん、常に人的資源スラックがマイナスとなるわけではありません。
実際に松下幸之助氏はダム式経営において、人的資源スラックを有効に活用しました。しかし、これは松下氏が人材の使い方、特に仕事に対するやる気を高めるが上手かったからともいえます。
ですから、経営者は自分自身の人の使い方の上手さに鑑みながら、余剰人員をダムに溜めるべきか検討するべきです。
また、人的資源スラックのマイナス効果は労働者保護が強い国ほど顕著になることも分かっています。
つまり、日本のように簡単に解雇できない国においては、企業業績にマイナスとなる可能性が高いということです。こういった点も考慮する必要があります。
私の個人的な意見としては、これからAIの性能と使い勝手がますます良くなっていきますから、人的資源スラックはダムに入れるべきではないと思います。
もちろん必要な人材は育てなければなりませんが。
内部留保を厚くするのは悪いことではない
ダム式経営を実践しようと思ったら、ある程度、内部留保は厚くなります。
中には資本効率が悪くなることで、経営戦略として悪手と思う人もいるかもしれません。
しかし、資本効率をベースに経営を考えること自体がナンセンスです。なぜならモノやサービスの需要は市場で決まるものだからです。
「社内にいくらの資本があるから、これくらい投資しよう」というのは市場を無視した戦略です。
投資家がROEを高めることの重要性を説いても真に受けてはいけません。彼らは金融のプロであっても、経営のプロではないのです。
彼らのせいで発生したリーマンショックのときに、生き残ったのはダム式経営によって余裕をもっていた企業です。
特に不測の事態において、確実に融資してもらえるとは限らない中小企業こそ、ダム式経営を意識するべきです。
それと「支払いが滞る会社を切るべき脳科学的な理由」でも説明しましたが、お金の不安はそれを考えていないときでも、脳のリソースを消費し続けます。
それによって創造的なアイデアが生み出しにくくなるだけでなく、冷静な判断力も失われます。
経営判断の質を高めるためにも、社内のダムに現金を貯めておきましょう。
ダム式経営を実践するにはどうすれば良いのか?
ダム式経営を実践するにはどうすれば良いのでしょうか?
かつて松下幸之助氏が講演をしたときに、聴衆にいた経営者から「ダム式経営をするにはどうすれば良いのですか?」と質問を受けたそうです。
そのとき松下氏は次のように答えました。
「その答えは私も知りません。しかし、そのような余裕のある経営が必要だと思わな、あきませんな」
それを聴いた多くの経営者は笑っていたそうです。
しかし、ただ一人だけ「まずは心の底からそうしたいと思い込まなければならないのだ」と、心を動かされ、実践した人がいたのです。
それが当時、京セラを創業したばかりだった稲盛和夫氏です。
稲盛氏がよく使う「土俵の真ん中で相撲を取れ」という言葉があります。
これは土俵際に追い詰められて苦し紛れに技を出しても負けるので、思い切って技を掛けられる真ん中で勝負しろという意味です。
企業でいうなら、常に資金がカツカツの土俵際の経営ではロクな戦略が出てこないのだから、思い切った戦略が取れるように常に余裕をもっておきなさいということです。
ダム式経営の方法は企業によって異なるものです。
しかし、「余裕のある経営が必要だ」と思うことはどの企業にも共通する方法です。
- 稲盛和夫 (1998).『稲盛和夫の実学: 経営と会計』
- T Vanacker, V Collewaert, S A. Zahra. (2016).Slack resources, firm performance, and the institutional context: Evidence from privately held European firms.

