CSR活動への取り組みが企業にデメリットをもたらす事例

CSR活動への取り組みは、企業の社会的評価を高めます。

実際に、CSR活動に積極的な企業は、不祥事を起こしても株価が下がりにくい、などのデータもあります。

また、そこで働く従業員も、「存在意義のある組織に所属している」という認識を持つことができます。それがモチベーションの向上や、離職率の低下につながることがあります。

CSRのデメリットといえば、コストが掛かることくらいしかない……と言いたいところですが、実は隠れたリスクもあります。

そのリスクとは、CSR活動に参加した従業員が企業に戻ったとき、アイデンティティの歪みを感じてしまうことです。

アイデンティティの歪みを感じ退職する

CSR活動に積極的な企業の中には、海外での活動に従業員を派遣しているところもあります。たとえば発展途上国のインフラ整備をCSR活動の一環として行う企業があります。

このような活動に従事することで、現地にメリットをもたらすだけではなく、制約のある環境で課題を解決することを通じ従業員の成長も得られます。

また、現地でパートナーを組むNPO職員との相互作用も期待できるでしょう。しかし、この相互作用が意外なデメリットをもたらすことがあります。

簡単にいうと、NPO職員の影響を受けすぎることで、所属企業に戻ったとき違和感を覚えてしまうのです。そしてアイデンティティの歪みを感じ始めて、退職してしまうことさえあります。

なぜアイデンティティの歪みが生じるか?

利益を追求する企業と追及しないNPOでは、そこで働く人間同士のアイデンティティが異なります。

営利企業の開発には破壊や搾取が伴うこともあるため、NPOと意見が衝突することもあります。しかし途上国のような資源の限られた地域で、共にプロジェクトを遂行していくうちに、信頼関係が育まれます。

するとどうなるかというと、お互いのアイデンティティの影響を受け始めるのです。営利企業の従業員は、利益ばかり追い求めることに疑問を抱くかもしれません。

そして、それまでのビジネスパーソンとしてのアイデンティティに変化が生じます。

しかし、CSR活動が終了し所属企業に戻れば、そこにいるのは営利企業のアイデンティティを持つ人々です。

変化したアイデンティティを持つ人間にとって、そこは自分の居場所ではないように感じてしまうのです。

TNTと国連世界食糧計画(WFP)の事例

CSR活動が従業員のアイデンティティに、このような影響を与えることを調査したのは、ペンシルベニア大学ウォートン校のアリン・ガティニョン博士です。(ここまでの説明も学術誌「Strategic Management Journal」に掲載された博士の論文を参考にしています)

この調査は、国際的な物流企業であるTNTが、国連世界食糧計画(WFP)とともに、途上国で行ったプロジェクトを対象にしています。このプロジェクトでは、TNTの従業員586人が43の発展途上国で、数週間から1年のボランティアを行いました。

活動内容は、WFPの学校給食プログラムのサプライチェーン管理やインフラ整備、自然災害後の倉庫や空港の調整などです。また、WFPが抱える業務上の問題の物流最適化にも取り組みました。

この活動のメリットは、そこで得た知識がTNTの業務改善にも役立てられたことなどです。

そして、この活動に参加したTNTの従業員の任務説明の資料やブログ投稿などを分析し、TNTと国連世界食糧計画(WFP)の両方のスタッフにインタビューも行いました。

その結果は、CSR活動に参加したことで、NPO職員の影響を受けてアイデンティティの変化が生じた従業員は、自社に戻った後でその歪みを感じることがある、というものでした。

複数の境界を跨ぐとアイデンティティが変化しやすい

TNTのような企業に勤める人間が、このようなCSR活動に参加する場合には、複数の境界を跨ぐことになります。

まずは、先程も説明した営利企業と非営利組織の境界です。それと先進国と途上国の境界もあります。

このような複数の境界を跨ぐことは、アイデンティティが変化しやすい状態になることともいえます。

コンサルティング会社の従業員を対象とした別の研究ですが、先進国でCSR活動に従事した場合には、組織への定着率が高まったのに対し、後進国でCSR活動に従事した場合には、そのようなメリットは得られなかったという結果もあります。

CSRに取り組むときは参加しない従業員の教育も必要

では、アイデンティティの変化しやすい後進国でのCSR活動は、控えたほうが良いのでしょうか?

実は、アリン博士の調査で、もう一つ分かったことがあります。

それは、後進国でのCSR活動に従事した従業員が会社に戻ったとき、周囲の従業員がその活動の意義を認め、それを言動で示した場合には、アイデンティティが変化した従業員は歪みを感じにくくなるということです。

周囲の従業員が認めることで、歪みを感じにくくなるだけではなく、自分のやってきたことの意義を感じやすくなるという効果もあります。

CSR活動に取り組む際には、それに従事しない従業員の教育も必要なのです。

国内におけるCSR活動でも、大きな境界を跨ぐような環境であれば、従業員のアイデンティティが変化する可能性は十分にあります。

つまり、これはグローバルに展開する大企業だけの問題ではないということです。

参考文献
  • Gatignon, A. (2022).The double-edged sword of boundary-spanning corporate social responsibility programs.
  • Peteraf, M. A., & Barney, J. B. (2003).Unraveling the resource-based tangle.